≪ことばの交差点≫ 38
- 矢野修三

- 21 時間前
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日加トゥデイ 2026年3月 掲載
☆ 午年は ほくそ笑みたい !
ひと雨ごとに春めく今日この頃、かなり昔に日本語教師養成講座を受講し、現在日本で
日本語を教えている卒業生M君から面白いメールが届いた。過日、彼の友人の結婚式があり、二人の「馴れ初め」を聞いて、にやりと笑ってしまった、とのこと。
彼曰く、新郎はサラリーマンで、ボーナスが思ったより多かったので、大喜び。早速、
仲間と呑み会を。でも、うれしさのあまり飲みすぎて、果ては、転んで病院に入院するほどの怪我してしまった。後悔しきり。でも、その病院に素敵な看護婦さんがおり、一目ぼれ。
さらに続けて、そんな出会いを聞いて12年前に先生からしっかり学んだ『人間万事塞翁が馬』を思い浮かべ、今年がちょうど午年なので、思わずメールを入れました、である。
そういえば、彼は2014年に養成講座を受講。午年であり、時折、馬に関するこの
「人間万事塞翁が馬」を話題にした。特に彼は関心を寄せたので、本来の授業はそっちのけ、「人間」の読み方や「ほくそ笑(え)む」なども説明したことを思い出し、こっちもにんまり笑ってしまった。
さて、この「人間万事塞翁が馬」、中国の古い故事でご存じの方も多いが、簡単に説明すると・・・。塞翁(さいおう)とは砦に住む老人であり、彼の馬が隣の国へ逃げてしまった。人々は気の毒がる。でも老人は動じない。やがて、その馬が名馬を連れて戻ってきた。
みんな大喜び。しかしその名馬に乗った息子が落馬して足の骨を折ってしまった。人々は
気の毒がる。でも老人は動じない。しばらくして隣国と戦が始まり、若者はほとんどが
戦死してしまう。しかし彼の息子は怪我のおかげで兵役を免れ、命を長らえた、という
故事に基づく。
幸と不幸は予測しがたく、幸せが不幸に、不幸が幸せに転じることもあるので、安易に
喜んだり、悲しんだりするべきではないという老人の味わい深い教訓である。
先ずはこの「人間」の読み方。正式な読み方はナント「じんかん」であり、「世の中」や「世間」という意味になるとのこと。普通は「にんげん」と読んでしまうが、確かに、
この諺は「人」よりは「世の中」のほうが理解しやすい。でも最近は「にんげん」と表記している辞書もあるようだが、やはり「じんかん」と読むほうが奥深さを感じる。
次に、「ほくそ笑む」。現代ではほとんど使われていない古語だが、でもシニア世代では心当たりのある方も多いのでは。この語源は諸説あるようだが、「人間万事塞翁が馬」と
関係ありとの説が有力である。中国語で、塞翁(さいおう)とは砦に住む老人であり、
北叟(ほくそう)も北の辺境の地に住む老人を意味し、この二人は同じ人物とのこと。
この老人の物事に達観した静かな笑いを北叟笑む(ほくそうえむ)と呼ぶようになり、それが変化して「ほくそえむ」になったとのこと。具体的には、声など出さず、一人静かに口元だけで笑う仕草である。親として、息子が落馬骨折の理由で戦死を逃れたのだから、
この老人、一人ひそかに、にんまり笑ったのは間違いないであろう。正に
「ほくそ笑む」である。
うれしいとき、悲しいときは声を出して笑ったり、泣いたりするのは若気の至りで大いに結構。でも加齢につれ、物事を静観し、はしゃぎすぎたり、落ち込みすぎたりする必要はなく、静かに余裕をもって生きることが大事だと、この歳になり、ようやく悟りの境地に。
それゆえ、一生懸命、鏡を見ながら、「ほくそ笑む」の笑い方を練習している今日この頃。
この午年、「人間(じんかん)万事塞翁が馬」にあやかり、災難が幸運を呼んで、何事もうまくいきますように、静かに口元でほくそ笑みたいと思います。

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