外から見る日本語 237
- 矢野修三

- 2022年2月23日
- 読了時間: 2分
バンクーバー新報 2022年2月掲載

☆ 「お湯」に乾杯 !
コロナパンデミックも丸二年、自粛生活もすっかり板に付いてし
まった。家に閉じこもる時間が長いので、自然とお風呂に入って
いる時間も長くなっている感じ。湯船につかりながら、のんびり
物思いにふける。こんなことが楽しみの一つになってしまった。
そんな折、日本語上級者との「湯上り談議」を思い出した。コロナ騒動の前だが、
ある飲み会で「湯上りにはビールが一番」こんな表現を話題にした。最初はキョトンと
していたが、「湯上り」を「風呂上がり」と説明すると、すぐ納得である。
ここカナダは「風呂」よりは「シャワー」の文化であり、「風呂上がり」などピンと
こないが、彼は日本で温泉に何回も入った経験があり、この「湯上り」に、素敵な表現
ですね、と大いに興味を示した。
この「湯」だが、日本語教師としては少々やっかいな言葉である。上級者から
「お湯をわかす」は大変ヘンです、お湯をわかすと水蒸気になります、と笑いをまじえて
問いかけられる。うーん、「湯」は英語で「hot water」であり、「お湯を沸かす」は
直訳すると「boil hot water」になり・・・、確かに不自然である。
実は、この「湯」は日本語だけの独特な言葉。いくつかの国の言葉を調べて驚いて
しまった。英語は「hot water」、フランス語は「eau chaude」のごとく、他の国の
言葉も、すべて「水」に「熱い」などの形容詞が付いた言葉になっている。
中国語でも「熱水」であり、「湯」はスープの意味を表わす。
なぜ日本語だけ「水」を含まない「湯」という単独の言葉が出来たのか、今まで考えた
こともなかったが、とても不思議である。川で水浴びをしていて、急に温かい水が流れて
きた。気持ちいい。これを思わず「湯」と・・・。この「湯」は火山国、温泉豊かな、
日本ならではの独特な言葉である・・・と、確信する。
日本人は「菖蒲湯(子供の日)」や「ゆず湯(冬至の日)」そして「茶の湯」など、
この「湯」に特別な想いを感じる人が多い。
だから「水をわかす」よりは「お湯をわかす」のほうがしっくり、心和むのである。
「お湯」に乾杯。でもちゃんと使い分けている。
「やかんに入っているお湯をわかす」とは言わない。確かに、その通り。
正に言葉が持つ文化である。上級者に「湯」について、こんな説明をすると、大いに
納得してくれて、うれしい気分になる。ただ、歳も70後半になると、
「湯上りには牛乳が一番」になりつつあり、何となく寂しさも感じる今日この頃である。




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