「ことばの交差点」 3
- 矢野修三

- 2023年4月1日
- 読了時間: 3分
更新日:2023年4月10日
日加トゥデイ 3月号に掲載

☆ 「お茶が入った」はもう古い !
久しぶりにスカイトレインに乗った。コンパスカード使用に
なり、キップをいちいち買う必要がなく、乗り降りは楽になったが、思わずこんなことを思い出した。かなり昔、学校の最寄り駅、
バラード駅で行なったキップ購入の実地練習。販売機に「
お金を入れる」や「キップが出る」と「キップを出す」の違い、いわゆる
「自動詞・他動詞」のトレーニングである。
この「自動詞・他動詞」だが、我々日本人は英語の時間に習ったような記憶はあるが、
国語の時間に学んだ覚えはなく、日本語に「自動詞・他動詞」があるなど知らない人が多いと思う。でも「火が消える」と「火を消す」はもちろん、「火が消えている」と
「火が消してある」の違いも、ちゃんと身についている。母語だから当たり前・・・、
でも流石である。
しかし日本語学習者にとっては非常に難しい。まずこんな教え方。マッチと灰皿を用意し、火をつけて灰皿に入れる。自然に消えるのを待って自動詞の「火が消える」、次は、
火のついたマッチをしばらく手に持ち、「熱い」と言って息で火を消し、何か目的がある
場合は他動詞の「火を消す」を教える。「自然」か「目的」か、を強く意識させて。
ところで、この「自動詞・他動詞」が日本文化と強く結びついていることに気づき、
びっくり。改めて日本語教師になった喜びを感じた。一例として「お茶が入った」と
「お茶を入れた」である。一般的に奥さんは旦那に「あなた、お茶が入ったわよ」と
自動詞表現を使っている。これは自然にお茶が入った感じであり、旦那は「うん」と
言えばいい。でも「お茶を入れたわよ」と他動詞表現であれば、「あなたの為に」が
感じられ、旦那は「ありがとう」と言わなければ奥さんは面白くない。
恩着せがましさを感じさせず、旦那にさえ「ありがとう」を言わせない、そんな日本女性の奥ゆかしさを表わす表現。うーん、すごい。でもこんなこと意識して使っている奥さんはあまりいらっしゃらないと思うが、まさに言葉が持つ文化である。
ところが、昨今の多くの奥さんたち、旦那に「お茶が入りました」などあまり言ったことないようである。かなり日本は遅れているが、女性の社会進出とともに、文化もどんどん
変化し、言葉も変わっていくのは至極当然。そろそろ「あなた、お茶を入れて」になっているのかも・・・。
上級者に「自動詞・他動詞」に関する日本文化を説明すると、こんな突っ込みが、
「先生、動詞など使わないで、『はい、お茶』 『ありがとう』 このほうが分かりやすいです」である。うーん、なるほど。もうこの「お茶が入った」は時代に適さなくなってしまったと、妙に納得である。
昔は薪でお風呂を沸かしていたときでも、「お風呂が沸きました」であった。
でも今では沸かし器のスイッチを入れ、しばらくすると「お風呂が沸きました」と
人工音声が聞こえる。便利だが味気なく、日本語教師としては機械に言葉を奪われて
しまった思いである。
知能ロボットの開発がすごい。ぐうたらなご主人様には「お風呂を沸かしましたよ、
すぐお入りください」
こんな感じに自動詞と他動詞を使い分けするロボットが登場してくるかも、
ちょっぴり不気味。




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