≪ことばの交差点≫ 39
- 矢野修三

- 15 時間前
- 読了時間: 3分
日加トゥデイ 2036年4月号 掲載
☆ 「不気味」と「無気味」 どっち ?
早くも4月半ば、自然界は春本番、いろいろな花が咲きこぼれる素晴らしい季節を迎えている。でも人の世は依然として、むごい戦争が続いており、とても不気味である、
こんな情勢を踏まえて、日本の年輩友人から、「無気味」と「不気味」、どっちが
正式な書き方なのか、との質問を受けた。確かに、どちらも見かけるし、辞書にも両方
載っている。
そこで、「どうぞお好きなほうを、それが正解です」と返事した。すると友はびっくり。驚くのはごもっともであるが、この「不」と「無」は誠に日本語教師泣かせの漢字であり、使い方は日本人にとってもかなり厄介である。
実は、この漢字「不」と「無」の使い分けは歴史的な背景も絡んで複雑である。まず戦前は「不器用」や「不気味」などは、「不」を使っていたとのこと。それが、戦後間もない昭和23年(1948年)に国の制定により、「不」は「フ」だけで、「ブ」と読んではダメと決めてしまった。
そこでそれまで「ブ」と読んでいた「不器用」や「不気味」などは、「不」は使えず、「無」を使って、「無器用」や「無気味」に変えてしまった。するとその結果、いろいろ
不都合が出てきた。例えば「不祝儀」を「無祝儀」と書いたら意味的にもおかしくなって
しまった。
そこで、ようやく昭和48年(1973年)に改定されて、再度「不」を「ブ」と読んでも良いことにしたようである。いろいろ調べてびっくりしてしまった。
このように、お粗末な歴史的経緯があり、それ以降、現在では「ブ」と発音する言葉で、かなりのものは辞書に「不」と「無」と両方の漢字が載っている。例えば「不気味」と
「無気味」や「不作法」と「無作法」、「不用心」と「無用心」などなどである。確かに
昔の経緯もあり、両方使っていたのであるから、いまさら一つに決められず、どちらもOKとしたのである。年配の方は学校教育でどのように教わったのか、戸惑ってしまうのは
至極当然である。
でも文法的には、確かに「不」と「無」では違いがある。「不」は「そうではない」という否定を表し、「無」は「有る」の反対語で、「無い」である。葬式などを表す「不祝儀」は「祝儀ではない」という意味であり、「無祝儀」は「祝儀は無し」という意味になってしまい、不自然である。
しかし、「器用」などは「器用ではない」であれば「不器用」でいいし、「器用さが無い」と考えれば「無器用」でも、ほぼ同じ意味であり、両方辞書に載っている。どっちを使うかはその人の判断に任せるが結論である。
そこで、「不気味」と「無気味」、どっちに馴染みがあるか、いろいろな人に聞いてみた。すると、それなりのお年の方は「無気味」であるが、若い世代は「不気味」が多い。
なるほど。新聞などでも「不」のほうが優勢のようである。
うーん、ややこしいので、過去の不備は水に流し、そのうちどちらか一つに定める動きが出てくるかも・・・。でも、白黒つけず、個人の考えに任す。こんな考え方があっても、いかにも日本的でよろしいのでは・・・。日本語教師としてはとても大変だが、
「不用心」か「無用心」などもその人の考えで異なる、いとおかし。実に 「無粋or不粋」な説明ですみませぬ。
最後に、我が感じをこんな漢字で綴ってみた。八十路を過ぎ、「出不精」になり、髭を剃るのも面倒で、「無精髭」をさすりながら、エッセイを書いているので、体が「不器用」に、そして「無愛想」になってしまいそうで、いささか心配でござる。

コメント